プリズム
投稿者
列車に揺れている
車窓に黒い犬がみえる
木工用ボンドを飲んでいる
だいじょうぶ きっと
もう眠りなさいとゆれている
手紙を届けるゆめをみる
しわしわの紙に書いている
何度も断られる
いらない受け取らない手を振る
だいじょうぶ きっと
ゆめの終わりに奇跡がおきる
滑走路にオート三輪が進入する
ゆるやかに加速がはじまる
きらめくボディが跳躍する
朝焼けに飲みこまれる
空気の坂を駆けのぼる
だいじょうぶ きっと
三度ささやけば嘘になる
精彩を欠いた風景がある
白い犬が墨汁を飲んでいる
花曇の空にスターマインが打ちあがる
ゆめの境界であめ玉が踊る
夜―昼―廻る
わたしとあなた迷子になる
だいじょうぶ きっと
なにもかもだいじょうぶ
まちがえた涙をぬぐってあげる
待っている―こわれないで―待っている
詩誌情報
ファミリーポートレイト
文月 悠光
〝引き連れるまでもない、学校の亡骸なんて〟
屋根裏部屋で、忘れかけていた草稿の一片を見つけた私は、ためらうことなく制服を脱ぎ捨てる。腹這いになって草稿を見直し始めたとき、背後から、私を呼ぶ声が聞こえた。振りむくと、分厚い書物が梯子の中腹に置かれている。梯子に腰かけ、書物を開いてみれば、ページいっぱいにモノクロームの白い発光体が浮かびあがる。それは、膝を抱えて横たわる十五、六歳の少女であり、簡素なショーツ以外、彼女は何も身につけていなかった。少女Aをめくると少女B、Bを翻せば少女Cがうつむく。カメラの視線を、己の肢体で受けとめる少女らは、同じく裸である私を試しているよう。彼女らは皆、ある病に侵されている。しかし、鑑賞するに堪えぬような痩せさらばえた少女はいない。あるのは、どこかで見たような裸体のみ。あご、肩の線、鎖骨の走り方など、ひとりひとり違っていても不思議はないが、一様に同じからだつきである。その姿は、下着一枚でたわむれることを強いられた、あの保育園の頃のまま。身体だけを、しまつよく膨らませてきた彼女らなのだ。
(私は彼女――果物ナイフを握ったまま、リンゴのレプリカへ手をのばす――を見ていた美術室に実を結んだそのリンゴは、描かれるためだけの存在なのに、ざっくりと切れてしまったそこには、白い果肉の海が閉じ込められており、種子までも抱かれていた彼女はリンゴの半分を透明な容器で梱包しながら、美術室の幼女たちへ尋ねる「この部屋に、〝乳房〟はあるかしら?」幼女たちは互いに顔を見合せ、「いいえ、ありはしないわ」とそろって答えたけれど、「ではこれは?」梱包した真っ赤なリンゴを彼女が掲げてみせると、目を見開いて後ずさった残された彼女は、リンゴの片割れをブレザーのポケットに忍ばせる)
書物の最後のページ上で、私を呼び続ける静謐な息づかい。
彼女は果実に歯を立てている。所在無げに寝かしつけられていたそれまでの少女らとは、明らかに異なっていた――保育園は、昼下がり唐突に暗がりとなって、私たちのかかとを毛布の中へ押し込んだ――。
私は書物を伏せて、屋根裏部屋へと梯子を駆けのぼる。窓辺に投げ出されていた制服に腕を通すと、乳歯のようになるまでかじられたリンゴの芯がこぼれ落ち、草稿に小さな染みをこしらえた。
こうして症例を逃れた末娘は、熟したリンゴをこっそりと鍋の中へすりおろす。食卓を囲んだ幼い姉たちは、箸の先から自身を甘く醸して、病を発露させる。だから私はイーゼルを立てて足を組み、姉たちをスケッチブックに赤鉛筆で写しとっていく。